フッ素について
なぜ歯にフッ素を塗るの?
生えたばかりの永久歯というのは、たいへん未熟であり、まだまだだ抵抗力が弱く非常に虫歯になりやすいのです。この生えたばかりの永久歯(幼若永久歯)に対して高濃度のリン酸酸性フッ化ナトリウム(APF)を塗布することで、エナメル質表面の酸に対する抵抗性を強化し、再石灰化の速度を上げることにより虫歯になりにくくするためにフッ素を塗布します。
フッ素の作用機序
先にも記載しましたが、フッ化物は再石灰化の促進やフルオロアパタイトの形成により酸に対する抵抗性を上げ虫歯になりにくくするということはよく知られていますが、フッ化物の効果はそれだけではありません。
フッ素の細菌に対する働き
上の図に示しましたように、フッ素は歯質だけではなく、ミュータンスレンサ球菌などの虫歯の原因となる菌の発育を抑制したり、酸産生を阻害するなど、細菌サイドに対してもアプローチしているのです。
フッ素に関するQ&A
■Q:お茶にはフッ化物がたくさん含まれているそうですが、お茶を飲んでいればむし歯予防になりますか。
■A:確かに茶葉には100~500ppmという非常に多くのフッ素が含まれておりますが、抽出液である飲むお茶の中には0.2~1ppmという程度になってしまいます。通常虫歯予防に使われるフッ化物洗口溶液のフッ化物濃度 (225~900ppm)と比べると、その濃度は低く、ほとんどむし歯予防効果を期待することはできないでしよう。
しかし、お茶にはタンニンという非常に強い抗酸化作用を持った物質が多く含まれており、これによる虫歯予防効果が期待できます。
■Q:日本はフッ素の多いお茶をよく飲むし、魚や海草などの海産物を多く摂るので、これ以上フッ素を摂ると過剰になることはありませんか。
■A:お茶や海産物にはフッ化物が多いこと、日本人はお茶や海産物を多くとることから、日本人は諸外国に比べて多くのフッ化物を摂取しているのではないかといわれることがあります。しかし、こうしたお茶や海産物を含めて、すべての飲食物からのフッ化物摂取量に関する調査では、日本人がとくに諸外国と比べてフッ化物を多く摂取しているという証拠はありませんでした。
お茶をたくさん飲む国、ビールをたくさん飲む国、魚を食べる国、肉を主食のように食べる国など、世界は色々です。しかし、ビールにもお茶と同程度、肉にも魚よりは濃度は低いのですが、ちゃんと天然のフッ化物が含まれているのです。
■Q:妊娠中の母親がフッ素を摂取しても胎児に悪影響はありませんか?また、授乳中の母親の母乳に対してはどうでしょうか?
■A:水道水フッ素添加がなされている地域でも胎児に対する悪影響は報告されていません。また、死産や新生児の死亡率が増えるという報告もありません。仮に母親が誤って大量のフッ素を飲み込んだとしても、血液や胎盤を経由するうちに胎児に移行するフッ素はごく少量になってしまいます。それが証拠に胎児期に歯の形成が行われている乳歯にはフッ素を原因とする斑状歯(歯牙フッ素症)がほとんどみられません。永久歯の形成は生後まもなく始まりますから、赤ちゃんにとって母乳中のフッ素も重要です。しかし、母親が摂取するフッ素のほんの僅かしか母乳に移行しませんから、乳児に害を及ぼすことはありません。むしろ母乳保育中の乳児は、フッ素が不足しがちであるといえます。
■Q:宝塚や西宮で社会的な問題となった歯のフッ素症が起きたのはどうしてでしょうか。
■A:宝塚や西宮で社会的な問題となった歯のフッ素症は、天然に過量のフッ化物が含まれた水を水道水として供給していたために発現したものです。
歯にみられる白斑には、フッ化物が原因のものと、フッ化物以外のものが原因のものとがあります。フッ化物以外の原因による白斑の1つに、むし歯が原因の脱灰があります。脱灰というのは、歯垢中の糖類に対する口腔細菌の作用で、歯垢中に酸ができて酸性環境になり(pHが低下して)、エナメル質の表面からカルシウムやリン酸が溶け出し、その部分が白くにごって見える現象をいいますが、フッ化物によるむし歯予防が行われている場合、脱灰部はむしろ減少することが知られています。
いずれにしても、宝塚や西宮の歯のフッ素症問題は、フッ化物によるむし歯予防が原因ではありません。むしろ、もしこの地域で水道水フロリデーション(水道水フッ化物濃度調整)が行われていたらこうした問題は発生しなかったのです。こうした過量のフッ化物を減らして最適なフッ化物濃度に調整することも水道水フロリデーションの役割の1つなのですから。このことからも、自然のままの水が必ずしも安全であるとはいえないことが分かります。
■Q:病気によっては、フッ化物洗口やフッ化物歯面塗布を行ってはいけない場合がありますか。
■A:フッ化物は自然にあまねく存在しており、飲食物として日常的に摂取されています。また、フッ化物洗口や歯面塗布のフッ化物量が特に影響を与えることはあリません。
したがって、病気によってフッ化物洗口や歯面塗布を行ってはいけないということはありません。また、腎臓の病気で透析を行っている場合も、透析に使用する水は水道水をそのまま使用するわけではありませんので、水道水フロリデーションを行っている地域でも問題になったことはありません。
■Q:フッ化物が癌の原因になると聞きましたが、本当ですか。
■A:過去に「フ口リデーションされている地域の人々は癌による死亡率が高い」という報告がありました。しかし、これは米国で調査されたデータを誤って解釈したもので完全に間違いであることが分かりました
また、「フロリデーションされていた地域の子宮がん死亡率が高い」という報告もありましたが、これもデータの採取地域および解析に不備があり、差は確認されませんでした。
米国国立癌研究所や米国疾病コントロールセンター(CDC)を含む専門機関は、フロリデーションと癌とは無関係であるとしています。
■Q:フッ化物は骨に蓄積して障害を生じることはありませんか。
■A:過量なフッ化物の摂取によって骨にフッ化物が蓄積すると、骨フッ素症が生じます。飲料水のフッ化物濃度についていうと、ヒトの骨フッ素症の発現が確認されている最低のフッ化物濃度は、水道水フロリデーションの至適濃度(0.7~1.2ppm)のおよそ8倍です。
6~8ppmの高濃度フッ化物飲料水を20年以上使用し続けた住民のうち、およそ10%の人に、レントゲン検査によって発見される骨硬化症が発現することが分かっています。自覚症状がでるほどではありませんが、このような飲料水を使用することは、第一にひどい歯のフッ素症(斑状歯)がでますし、骨の健康によくないことは当然です。
なお、むし歯予防のためのフッ化物利用によって、ヒトの歯や骨以外の組織になんらかの変化や障害が現れたという証拠はありません。
■Q:幼稚園でフッ化物洗口をしています。誤って洗口液を全部飲み込んでもだいじょうぶでしょうか。
■A:幼稚園では、原則として4、5歳児を対象に週5回法(フッ化物濃度250ppmフッ化物溶液を使用)が行われています。フッ化物の急性毒性が発現する量は体重1kg当たり5mg、不快な症状が発現する量は2mgとされます。4歳児の平均体重を約16kgとしたとき、不快症状の発現するフッ化物の量は約32mgとなリます。一方、週5回法のフッ化物洗口溶液5m1中のフッ化物量は1.25mgですから、この量は不快症状の発現するフッ化物量32mgのおよそ26分の1であり、急性中毒発現量80mgの64分の1の量に相当します。したがって、幼稚園児など未就学児のフッ化物洗口の安全性がいかに高いかが分かります。しかも、日本ではフッ化物洗口の実施に先立ち、水を用いた練習をしてから実施するようにしています。
■Q:フッ化物の急性中毒量について、体重kgあたりフッ化物2mgと5mgの根拠となるデータはどんなものですか。
■A:一般に物質が発現する急性中毒量の決定は科学的に困難です。これは、中毒実験は人を対象にはできないし、初期中毒症状は動物実験では判定の仕様がないためです。現実にはたまたま人がある物質を事故等で多量に摂取して急性中毒が発現したときの調査結果から、その中毒量を推定するのです。また、どのような症状をもって中毒と判定するかが、まず問題であり、とくに軽度の症状は科学的に重要な再現性(何度やっても同じ結果がでるか)が得られず、その因果関係の判定は困難なことが多いのです。
フッ化物の中毒量については、従来、1899年に報告されたBaldwinの最低中毒量2mg/kg(体重)の推定値が用いられてきました。フッ化物摂取による急性中毒症状としては、一般に流涎、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、痙攣、昏睡などが上げられていますが、これらのほとんどの症状は他の一般にみられる中毒症状と変わりがなく、フッ化物中毒であるとする決め手に乏しいのです。とくに流涎、悪心のレベルでは判定が困難であり、科学的に再現性のある数値は得られません。
そのため、現在では、1987年に報告された、Whitfordによる推定中毒量(PTD probably toxic dose)が採用されています。このPTDは、医療を必要とするはっきりした中毒症状を表す推定中毒量であり、5mg/kg(体重)以上とするもので、科学的に再現性のある数値として用いられ、米国疾病コントロールセンター(CDC center of diseases control)の支持も得ています。(5mg/kg以下でも軽度の症状は発現することがあり、牛乳の飲用を勧めることはあっても、医療の必要はない程度のもとされます。)
■Q: フッ化物配合歯磨剤とフッ化物洗口の併用は問題ないのですか
■A: フッ化物配合歯磨剤は1,000 ppm以下であり、多くは900~1,000ppmの間にあります。すなわち、通常の歯みがき1回の使用量1g中に1mgのフッ化物を含んでおり、通常の歯みがきでの飲み込み量は、その10%から20%とされ、飲み込み量は0.2mg以下です。一方、フッ化物洗口では、保育園や幼稚園での処方である週5回法では、フッ化物濃度225ppm、 洗口液量は5ml、1回の洗口で約1mgを使用します。通常の洗口での飲み込み量は、その10%から20%とされ、飲み込み量は0.2mg以下です。したがって、フッ化物洗口をする保育園や幼稚園児の場合、週5日間は毎日0.4mg以下を摂取することになります。
日本における通常の飲料水中のフッ化物濃度は0.1ppm程度であり、上表のように飲料水のフッ化物濃度が0.3 ppm以下の地域の3~5歳の児童では1日0.5mgが推奨量であることから考えて、フッ化物洗口とフッ化物配合歯磨剤との併用使用は妥当であるとされるのです。米国など水道水フッ化物濃度適正化が進んでいる地域での、幼児によるフッ化物配合歯磨剤の使用が問題となることがありますが、これは歯磨剤を食べてしまうという問題外の問題なのです。
小学校での週1回法ではフッ化物洗口のフッ化物濃度は900ppmであり、飲み込み量は0.9mg程度になりますが、洗口頻度が週1日ということからして、この場合もフッ化物の総摂取量が過剰になることはないのです。
■Q:フッ化物利用に反対論があります。科学的にはどのように考えられますか。
■A:米国歯科医師会が発行している「フロリデーション・ファクツ2005」(財団法人口腔保健協会 Fluoridation facts 2005)によると、これまでの米国におけるこの60年にわたる水道水フロリデーションの歴史のなかで、これまでにだされた数多くの水道水フロリデーションに対する反対意見が、一般に認められた科学によって実証された試しはこれまで一度もない、とのことです。
次にそれらの反対意見に共通してみられる誤りのいくつかを列記します。
1.不備のあるデータをもとに反対意見が成り立っている。
2.一度否定された内容のことでも、繰り返し意見として発表する。
3.過量な場合や事故などの特殊な場合に起こる危険性を論じる。
4.実際は安全性を証明している論文であっても、その一部だけを引用して危険であるかのような主張をする。
5.癌や毒など、恐怖心を引き起こす言葉を多用する。
6.薬害や公害などと重なるような印象を与えようとする。
7.「絶対安全」など不可能な基準を持ち出して議論する。
この「絶対安全」の証明は、理論的に全く不可能なのです。フッ化物も他のいかなる物質と同様、どのような対象に対しても、どのような時、条件でも、「絶対安全」であることを立証することは理論的にも不可能なのです。一方、有害性は証明が可能です。したがって、「絶対安全」は可能な限り有害かもしれない事項を科学的に否定することによって成り立っているのです。
■Q:歯磨きや甘味制限などの基本になる努力をしないで、薬であるフッ化物に安易に頼るのは正しいむし歯予防とはいえないのではないでしょうか。
■A:まず、むし歯予防の基本ですが、(1)プラーク(歯垢)を除去しフッ化物配合歯磨剤を用いる歯みがき、(2)砂糖摂取をコントロールする甘昧の適正な摂取、(3)歯の再石灰化による歯質強化を目的としたフッ化物応用、これら3つを合わせたものが、むし歯予防の基本です。
したがって、フッ素だけに頼ってしまって普段の管理がおろそかになってしまっては意味がありません。
ぜひとも普段から歯磨きをきちんと行う習慣を身に着けて頂きたいと思います。
■Q:フッ化物応用について学会でも賛否両論があるあいだは、「疑わしきは使用せず」の原則で実施を見合わせるべきである、という意見がありますが。
■A:わが国をはじめ国際的にも学会での学術的な賛否はありません。また、「疑わしきは使用せず」といういい方は、刑事訴訟法の「疑わしきは罰せず」を転用したもので、たんなる語呂合わせであり、原則などというものではないのです。
しかも、現実的な適用には無理があることはすぐに分かります。反対する人が「絶対安全」を求めて議論をすると、「絶対安全」が理論的に立証不可能である以上、すべてが「疑わしき」ことになってしまうからです。むし歯予防のフッ化物応用については、安全性および効果について疑わしいところはありません。
わが国のこの分野の専門学会である日本口腔衛生学会も、2002年、「今後のわが国における望ましいフッ化物応用への学術支援」において、21世紀のわが国における国民の口腔保健の向上を図るため、専門学術団体として、フッ化物局所応用ならびに水道水フロリデーションを推奨するとともに、それらへの学術的支援を行うことを表明しました。
■Q:フッ化物は劇薬であると聞きました。使用しても問題はありませんか。
■A:フッ化ナトリウム粉末の製剤は劇薬に指定されています。これは一定量の製剤中のフッ化物の割合が大きい場合に劇薬指定になるのです。しかし、私たちが実際に使用するフッ化物洗口液は劇薬ではなく普通薬です。
処方どおりに溶解された洗口液(フッ化物イオンとして1 %以下)は、普通薬とされるのです。
わが国では溶液としての洗口剤は製剤として販売されていませんが、日本以外のほとんどの国では洗口液はスーパーマーケットなどで他の商品と一緒に店頭に並べて販売され、一般の方が自由に購入できるようになっています。