お口の病気

■歯周病と全身疾患

歯周病と全身疾患の関連性に関しては非常に多くの研究が行われるようになり、糖尿病をはじめとして冠状動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)、脳血管性疾患(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症)、誤嚥性肺炎インフルエンザ早産早期低体重児出産感染性心内膜炎骨粗鬆症の疾患が関連性を有していると考えられております




■糖尿病が歯周病に与える影響

現在では糖尿病が強く疑われる人が750万人、糖尿病の可能性を否定できない人を合わせますと1650万人という数の糖尿病患者さんが存在すると言われております。そして、この数は毎年増加傾向にあるわけですが、実に成人の5人に1人が糖尿病かその予備軍という事になるわけです。

健康な人では、食後ブドウ糖やアミノ酸などの栄養が体に吸収されますと、膵臓からインスリン(インシュリン)と呼ばれるホルモンが分泌され、この働きによってブドウ糖が筋肉などへ取り込まれ、血糖値が一定値以上に上昇しないような仕組みになっているのですが、なんらかの原因で、インスリンの量が減少してしまったり、分泌されたインスリンがうまく働くことができなくなってしまいますと、糖尿病という状態になってしまいます。
実際、多くの糖尿病患者さんでは、インスリンの分泌量そのものが低下しておりますし、分泌されたインスリンの効きかた自体も弱くなってしまっているのです。

実際に糖尿病になってしまうと、インスリンの作用が低下してしまうために、食事として摂取したブドウ糖が筋肉や肝臓などの細胞に入っていきにくくなり、細胞内ではエネルギー不足になってしまうとともに、血液中のブドウ糖量が多くなりすぎてしまうため、尿の中に糖があふれ出るようになってしまうわけです。また、ブドウ糖などの糖質だけではなく、蛋白質や脂質の利用までもが障害されてしまうことにより、高血糖や高脂血症(血液中の脂肪が異常に増加した状態)などの状態となり、神経障害、網膜症、腎症などいろいろな合併症を発症するようになってしまうのです。

そのような糖尿病ですが、歯周病は糖尿病に影響を与えるだけではなく、糖尿病も歯周病に対して影響を与えています。糖尿病患者さんにおいては多くの人で歯周病が悪化してきますが、その要因として古典的には高血糖にともなってキャプノサイトファーガといわれる糖要求性の強い細菌が過増殖したり、好中球の遊走能や貪食能などの低下などが考えられておりました。
現在では、そのような単純な理由だけでないということが明確にわかってまいりました。コラーゲンの合成や歯根膜繊維芽細胞の機能はブドウ糖濃度によって影響を受けると言われておりますので、高血糖になりますとコラーゲン合成や歯根膜繊維芽細胞の機能が正常に働かなくなってしまうのです。

また血中に溢れ出した糖によって影響を受けたタンパクである最終糖化産物AGE(advanced glycation endo-products)の炎症性組織破壊への関与がありますが、歯肉結合組織の主な基質タンパクでありますコラーゲンやフィブロネクチンは細胞外に存在する、寿命の長いタンパクでありますので糖化の格好の標的となりやすいのです。
糖化されたタンパクはもはや本来の機能を発揮できないため、マクロファージなどの食細胞により貧食されてしまうのですが、この時、食細胞からTNF-αやインターロイキン6をはじめとする炎症性サイトカイン(炎症を強め機能障害や細胞、組織の崩壊をもたらす因子)や活性酸素が産生され歯周組織がダメージを受けてしまうのです。

さらには肥満を伴う糖尿病患者の場合には肥満細胞からアディポサイトカインといわれる体の機能調節に重要な生理活性物質が多量に産生されるため、さらに組織破壊が助長されてしまうわけです。
アディポサイトカインには悪玉物質と善玉物質があり、悪玉には血栓をつくりやすくするPAI-1、インスリン抵抗性を起こすTNF-α、レジスチン、血圧を上げるアンジオテンシノーゲン、レプチンなどが、また善玉にはインスリン抵抗性を改善し、動脈硬化を防ぐアディポネクチンなどがあります。
内臓脂肪の蓄積は、これらのアディポサイトカインの産生・分泌に異常をきたし、血液中の悪玉物質が増加する一方、善玉物質の血中濃度を低下させることで、動脈硬化を直接的に促進し、また糖尿病をはじめとする生活習慣病のリスクを高めてしまうのです。

■歯周病が糖尿病に与える影響

次に歯周病が糖尿病に与える影響ですが、歯周病治療を行うとインスリン抵抗性(インスリンが分泌されているにも関わらず効かない状況)が改善してきます。
理由は肥満患者では内臓脂肪に蓄積した脂肪細胞からTNF-αがさかんに産生されているわけですが、このTNF-αは骨格筋細胞や脂肪細胞による糖の取り込みを阻害することでインスリン抵抗性を生み出しているので、歯周病を治すと糖尿病も改善されてくるのです。

また歯周炎のような多量のグラム陰性嫌気性菌を主体とした慢性炎症が存在しますと、ここから多量の嫌気性細菌由来の内毒素であるLPSが分泌されるわけですが、この嫌気性細菌由来の内毒素であるLPSはマクロファージからTNF-αを誘発、産生させる最も強力な因子ですので、この炎症巣からのTNF-αの分泌がさらに増加させてしてしまうため、さらにインスリン抵抗性が悪化すると考えられているわけです。
したがって歯周病による慢性炎症を治療するということは、炎症に起因するTNF-αの量を低下させるということにつながるためインスリン抵抗性が改善すると考えられているのです。

歯周炎ごときでこんなに変わるのかと思われる先生方もいらっしゃると思いますが、28本の全歯牙に平均5,6mmの歯周ポケットが存在していますと、生体が触れる細菌性バイオフィルムの総面積はなんと72平方センチメートルにもなり、恒常的に菌血症(細菌が血液中に侵入した状態をいい、血液中に侵入した細菌が増殖した場合は敗血症 とされ区別される)が起きている状態とも考えられます。そのような意味からも決して歯周病の影響というものがそんなに小さなものではないということをお分かりいただけると思うのです。