■お口の疾患とメタボリックドミノ たった1本の歯の欠損がメタボリックシンドロームを招く
●疾病構造の変化 感染症から生活習慣病へ
昔の絵本などでは、お金持ちは太っていて貧乏な人は痩せて描かれていました。太っていたことは豊かさを表していたのでしょう。確かに過去の死に至る病気の大半は感染症が原因でしたから、栄養状態が良い人は体力があり、病気に打ち勝ちやすかったと考えられます。
現在でもアフリカなどの発展途上国では、寿命の延長のためには医療援助よりも食糧援助の方が有効と言われており、我が国の結核の減少も栄養状態の向上が大いに寄与しているとされています。
しかし、現在の我が国の状況はどうなったのでしょうか。下の図をご覧になって下さい。
1950年代を境にして疾病構造が急性疾患(感染症)から慢性疾患(生活習慣病)へと変化しているのです。抗生物質も乏しかった時代においては、太って体力があった方が感染症には強かったことでしょう。しかし、医学が進歩した現在においては、多くの感染症は治せるようになり、それに代わって死亡原因の上位をしめる病気の第1位は癌、第2位は心疾患、第3位は脳血管疾患、第4位は糖尿病、第5位は高血圧性疾患となり、いわゆる生活習慣病が60%を占めるまでになってまいりました。
これらの発症原因として、がんの場合は食事、喫煙、飲酒があげられ、心臓病や脳血管疾患を引き起こすのは動脈硬化で、どちらも栄養の問題が関与しております。
こうした病気にかかりやすい人とはどんな人かと調べてみると「太る」ということが大変大きなファクターであることがわかってきて、太りすぎが問題視されるようになったのです。つまり「痩せすぎ」は体力のなさにつながり、感染症などへの抵抗力に乏しく、「太り過ぎ」は上にあげたような生活習慣病になりやすいといえるのです。
そのような理由からメタボリックシンドロームという言葉が出てきたのですが、次にこのメタボリックシンドロームについて説明してみたいと思います。
●メタボリックシンドロームとは
メタボリックシンドロームという言葉ですが、皆さんもきっと聞いたことがあるかと思います。メタボリックシンドロームとは日本語に訳すと内臓脂肪症候群といい、内臓脂肪型肥満に加えて高血糖(糖尿病)、高血圧、脂質異常(高脂血症)のうちいずれか2つ以上をあわせもった状態のことをいいます。
では、なぜこの内臓脂肪型肥満が重要なのでしょうか。それは糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの生活習慣病というのはそれぞれの病気が別々に進行しているわけではなく、内臓に脂肪が蓄積した内臓脂肪型肥満というものが密接に関わりながら発症してくることがわかってきたからなのです。すなわち内臓脂肪が過剰にたまってしまいますと、糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの生活習慣病が非常に高率に発症してしまうばかりではなく、血糖値がちょっと高め、血圧がちょっと高め、コレステロールがちょっと高めといった、まだ病気とは診断されない予備軍であっても内臓脂肪型肥満を併発することで動脈硬化が急速に進行してしまうのです。
この状態というのはまさに氷山の一角で、内臓脂肪型肥満を水面下の大きな氷とした1つの氷山から水面上に高血糖、高血圧、脂質異常のそれぞれの山が出ているようなもので、氷山全体を小さくすることが大切なのです。
●メタボリックシンドロームはどうして危険なの?
日本人の三大死因は、がん、心臓病、脳卒中ですが、そのうち心臓病と脳卒中は、動脈硬化が要因となる病気です。メタボリックシンドロームになると、糖尿病、高血圧症、高脂血症の一歩手前の段階でも、これらが内臓脂肪型肥満をベースに複数重なることによって、動脈硬化を進行させ、ひいては心臓病や脳卒中といった命にかかわる病気を急速に招いてしまうのです。
●メタボリックシンドロームと心疾患の発症危険度
危険因子が重なるほど心臓病等の発症の危険性が高まります.。
メタボリックシンドロームによって引き起こされる病気の発症の危険性は、危険因子の数と大きくかかわっており、危険因子の数が多くなるほど危険度は高まります。例えば心臓病の場合、危険因子がない人の危険度を1とすると、危険因子を1つもっている場合は5.1倍、2つもっている場合は5.8倍、3~4個もっている場合では危険度は急激に上昇し、なんと35.8倍にもなります。
●メタボリックドミノとは
メタボリックシンドロームの最初のきつかけは悪しき生活習慣であり、放つておくと ドミノ倒しのように重篤な病気に進行してしまうことをメタボリックドミノといいます。(メタボリックドミノ:慶應義塾大学医学部・伊藤 裕先生)
このメタボリックドミノというものをもう少し詳しく見るために下の図を用いて解説してみたいと思いますが、レベル1というごく初期の段階に不適切な食生活、身体活動、運動不足というものがあることがわかります。
私達、歯科医師は当然のこととして、この不適切な食生活にならないように患者さんのお口の健康を守らなければならないのです。すなわち、患者さんを死という状況にまで導いてしまうメタボリックドミノの流れを、その出発点で何とか止めるということが、私達に歯科医師に課せられた最大の使命となるのです。