良い治療って何だろう? part 1

「良い治療って何だろう? part 1」

今回は医療人として最も大切で基本的な部分である「良い治療」ということについて考えてみたいと思います。
良い治療・・・とても難しい問題で、とても一言でいい表せるような内容ではありませんが、私の考えている良い治療が何かということをお話しする前に、簡単な質問をさせていただきます。

「あなたは、どの様な治療を歯科医院に対して望んでいらっしゃいますか?」

きっと、きちんとした良い治療をしてほしいと望んでいらっしゃることでしょう。
しかし、患者さん自身が、今日は60点の治療だとか、今日は90点の治療だとかを、はたして判断できるものなのでしょうか。
おそらく無理な話でしょう。

では、何を基準に良い治療とか、良くない治療といった判断をすればよいのでしょうか。あくまで概念的な話になりますが、私が思う良い治療というのは、患者さんの状態を、患者さん自身がしっかりと理解できるまで、きちんと説明した上で、責任をもって確実で丁寧な質の高い治療を行ない、一生涯その患者さんのお口の健康を維持させていくことができるよう誠心誠意努めていくということが良い治療なのではないかと考えておりますが、あくまでも責任をもつということがとても大切なのです。
責任のないことほど、いいかげんなことはありませんから・・・

少し話が抽象的になってしまいましたでしょうか。もう少し具体的に話を進めてみたいと思います。何故皆さんに治療の善し悪しがわからないのかというと、皆さんは専門家ではないからです。

もし皆さんが歯科医だったり歯科衛生士だったりしたらどうでしょうか?
間違いなく先生の治療レベルを簡単に評価することができるでしょう。
しかし、皆さんは専門家ではありませんので、ご自分が感じ取る部分でしかその治療を評価することができないのです。

例えば、入れ歯を入れなければならない患者さんがいるとします。
入れ歯の場合には実際に入れてみて痛いとか痛くないとか、はずれやすいとか、はずれにくいとか、よく噛めるとか、よく噛めないとか、ある程度その治療を主観的に患者さんが評価することができますが、銀歯をかぶせたり、つめたりする治療になった場合には状況は一変してしまいます。

何故ならば普通に咬めるようにさえなれば、たとえ技工物の適合性が悪るかろうと、虫歯の取り残しがあろうと、削り方に問題があろうと、歯の根に問題が残っていようと、歯周疾患が残ったままであろうと患者さんには良いも悪いもまったく分らないのです。
これは、入れ歯と違って歯に付けてさえしまえば、しばらくの間は問題が起きにくい治療だからなのですが、もし治療を受けた方が専門家であったならば、この治療は良くない治療であると評価されることでしょう。
このようなことから考えてみましても、皆さんの評価は一つの側面からだけみた評価であるということを知っていただければと思います。
だからこそ、私たち自身が専門家として責任を持つということがとても重要になるのです。

もっと話をわかりやすくするために、別のことで例えてみましょう。
お家を建てる場合を考えてみて下さい。建て主には見えない部分であるからと基礎工事の部分や構造本体が手抜き工事だらけになっていては、いくらその上に美しいレンガや壁紙を張り付けてお家を飾りたてたりしてみても、そのような状態ではお客さん思いの良い施工をされているお家とは評価されませんよね。むしろ欠陥住宅と言われてしまうでしょう。
このお家の例と同じように、患者さんにはたとえわからないことだとしても、こういったわからない部分だからこそ、私たち専門家が責任をもって治療を行っていくことがとても大切になるのです。

治療の対象となるのは、例えその一本の歯かもしれませんが、この一本の歯を治療するにあたって、いかに様々なことを考慮した上で治療を行ったのか、行わなかったのかという違いが将来ものすごい差となって治療結果に現れてきてしまうのです。

すなわち、たった一本の歯を治療する場合にも、噛み合わせの具合はどうなのか、歯根の中の状態はどうなっているのか、適合性や安定性、安全性の面からはどうなのか、将来どのような変化が考えられるのか、入れ歯やブリッジの土台になる歯なのかどうか、矯正学的な問題はないのか、将来的な予知性はどうなのかなど、多方面から総合的な診査診断を行いすべての問題を抽出した上で、最善の治療法を提案し質の高い治療へと導いていくことが大切であるとともに、たとえ患者さんにはわからないことだとしても、その患者さんが引っ越しなどで他の歯医者さんにかからなければならなくなってしまった時、そこで検査をされればすぐに良い治療をされてきたかどうかはわかってしまうものですから、常に同業者から「きちんとした良い治療を今まで受けてこられましたね」といわれるような治療を心がけるべきなのです。

また、ある治療を行う場合に、自分が行うよりは別の医療機関で行ってもらったほうが、明らかに患者さんのためになると思うような治療においては、無理をせず適切な医療機関を紹介できるということも責任のある良い治療といえるのです。
例えば、難しい親知らずの抜歯や腫瘍の摘出などでは、明らかに我々一般の開業医が治療を行うよりも、常にその様な治療を専門的に行っている口腔外科医を紹介して治療を行ってもらった方が、患者さんの受ける外科的な侵襲(手術を受けた際に患者さんが被る障害)や危険性などが少ないことは明らかなのです。

このように考えていくと、良い治療、責任のある治療、患者さんの立場に立った治療というのは本当に難しいことであるとつくづく感じますが、これらのことを常に真剣に考えながら治療を行うことこそが医療を提供する側の最低のモラルであるということを決して忘れてはならないと思うのです。