日本の医療における問題点

「日本の医療における問題点」

日本の医療水準は世界一です。
これは皆さん誰でもそうお感じになられることだと思います。
誰もが国民皆保険制度のもと、比較的安い費用で高水準の医療を受けることが出来ます。このような制度があるおかげで皆さんの健康を守れるということはとても素晴らしい事でありますし、どこの国を見ても日本のようなシステムで医療費を賄っている国はありません。

現実にWHO(世界保健機関)がまとめた世界各国の医療制度の比較においては、健康寿命1位、健康達成度の総合評価1位、乳幼児死亡率1位と極めて高い評価を受けておりますし、医療技術、医療機材、どれをとっても日本は他国と比べ物にならない程、良質なものを持っております。

しかしながら、こと歯科に目を向けてみると、スエーデンやフィンランドでは80歳になっても25本以上の歯が残っているにもかかわらず、日本ではわずか10本の歯しか残っていません。これだけ日本の歯科医療技術が進んでいるにも関わらず、どうしてこのようなことが起こってしまうのでしょうか。

原因をいくつか考えてみたいと思いますが、前項の「医者の役割について」でもお話しさせていただきましたように、国民皆保険制度の制度疲労という問題が大きく関与しているものと思います。
誤解をしていただきたくないのですが、日本における国民皆保険制度は世界に誇れる素晴らしい制度であるということに間違いありません。しかし、どんな制度であっても、制定された当時の時代背景においては素晴らしいものであったとしても、時が経ち、時代が変われば現代の時代背景にマッチしなくなってしまうということは大変よくあることなのです。
皆さんが良く知っていらっしゃる年金制度もそうですね。制定された当時は、本当に良い制度であったのでしょう。

今回はそのような観点から、あえて日本の医療の問題点についてお話をさせて頂ければと思います。
国民皆保険制度の問題点についていくつか例をあげさせていただくと、予防という概念が先進諸国に比較してほとんど発達しない、疾病に対する保険制度であるため、病気にならないと原則使うことができない、治療費が比較的安いため病気になってから治療すれば良いという風潮が広がる、医療費の抑制が困難になる、主要先進国中において日本の医師の医療報酬は極めて低い、その結果いわゆる医師の過剰労働が生まれ質の高い医療を提供することが難しくなってくる等、様々な問題があります。

マスコミは医者の収入は高すぎると常に評しますが、医師の報酬は資本主義国家である日本であっても国策によって決定されておりますので、私たちの人件費や材料費が高騰しているにもかかわらず、国の財政が悪化すれば医師の報酬も下げられるという、資本主義国家とは思えないような構造で私たちの報酬は決定されているわけです。現実に歯科に関しましては、ここ20年来、報酬は減り続けており、日本の診療報酬が主要先進国の中でも最も低いランクに位置しているという事実に皆さん驚かされることと思います。ご興味のある方は、ぜひ本当にそれが事実であるのか、インターネットなどで調べてみていただければと思います。
更に言わせていただけるのであれば、私たちのような現場の臨床医から見た場合、日本の国民皆保険制度が堅持できているのは、医者が世界に類を見ないほどの薄給で働いているためであるといっても過言ではないと思っております。

このように、医療費がないから医師の報酬を下げるというのではなく、無駄使いをなくし、分配の仕方を変えさえすれば、今よりもはるかに少ない医療費で、もっともっと質の高い医療を患者さんに提供することが可能になるのです。

では、具体的にどのようにすれば、そのようなことが可能になるのかを考えてみたいと思います。現在の国民医療制度においては、生活習慣病である慢性疾患(高血圧、高脂血症、動脈硬化、糖尿病など)についても疾病であると解釈されますので、病院に行けばいきなり投薬治療がはじまり、この投薬は一生続くことになるわけです。
この解釈がすでに私は間違っていると考えております。

不幸にして、このような生活習慣病になってしまった患者さんに対しては、一生お薬を投薬し続けるのではなく、投薬などしなくとも患者さんの病を克服できるように、そして垂れ流し状態の医療費を削減することができるようにするために、しいてはさらに質の高い医療を患者さんに提供できるようにするためにも、医者に対する十分な報酬を確保し、生活習慣や食習慣などを徹底的に見直すための専門的な予防管理を十分に行なえるような医療システムを構築することが一番大切なのです。

お薬を投薬しなくなっても医者の報酬を上げてしまったら、何の意味もないのではないかという反論が聞こえてきそうですが、決してそうではありません。

このようにすることで、生活習慣病である慢性疾患(基礎疾患)から発生してくる、脳梗塞や脳内出血、心筋梗塞などの急性疾患患者さんが現在よりも間違いなく減少してきますし、現在の国民医療費の中で大きなウエイトを占めている、生活習慣病などの慢性疾患によって一生続く投薬治療と、そのような慢性疾患が原因で起こってくる急性疾患の手術費用や入院費などの減少も図れるようになるのですが、現在の状況ですと、水道の蛇口から水をジャバジャバと出しておいて、それをざるで受けとめているというような状況になってしまっているわけです。

つまり、一方では生活習慣さえ改めれば、健康人に戻れる可能性のある患者さんを、完全な病人と見なし、一生お薬を投与し続け、生活習慣病を抜本的解決に導くようなことはほとんど行わなわず、生活習慣病を持病として持ったお年寄りを増やし続けており、また、もう一方では、このような持病を持たれたお年寄りを増やし続けておりますので、これらの基礎疾患を基に発症してくる脳卒中や心筋梗塞などの直接的に命にかかわるような大きな病気を引き起こすお年寄りも当然増加してくるわけです。そのような状況になれば、そこでもさらなる入院費や手術費用といった莫大な医療費がかかり、一向に医療費の削減は図れないということになってしまいます。

すなわち、このような状況というのは、生活習慣病の投薬による治療費と急性疾患の入院や手術による治療費とがダブルでかかり続けるということと同じことなのです。このような状況のことを「水道の蛇口から水をジャバジャバと出しておいて、それをざるで受け止めている」と比喩させて頂いたわけなのですが、これではこの超高齢化社会の日本において医療費が足りなくなってしまうというのは当たり前です。
こういったことが私の言う医療費の無駄使いであり、平均寿命と健康寿命の差を埋められない最大の要因になってしまっているのです。逆に言えば、これらの行為をすべてやめれば、全体の医療費は確実に減少するのです。すなわち、生活習慣による疾病は投薬によって治療するのではなく、生活習慣を改めることによって健康人に戻していけるようなシステムを構築していくことが医療の在り方として考えてみても非常に大切なのです。現実にフィンランドなどでは医療の本質を予防にシフトさせた結果、国民医療費は従来の1/3にまで低下させることに成功しているのです。

また、このようにすれば医師の収入も主要先進国並みになり、医師は一人一人の患者さんともっと時間をかけて予防管理にあたれるようになりますので、医療の質そのものも向上します。そうすれば、国の医療費や企業の負担する医療費も低下し、患者さんはより長く健康状態を保つことができるようになりますので、平均寿命と健康寿命の差もなくなりますし、介護の受給問題まで解消されますので、どれだけの医療費削減効果と医療の質の向上をもたらせることができるのか、一般の方々が考えてみられてもご理解いただけることと思います。

現在の医療報酬制度では、食生活習慣などの原因を取り去ることなく、お薬だけを投与し続け、多くの急性疾患を誘発させる結果、医者の報酬だけが増えてしまい、患者さんの真の健康を守らずとも医療費はどんどん上昇していってしまうのです。すなわち、悪く言えば、病人を作れば作るほど、医者の報酬だけが上がり、真の健康獲得は永遠にやってこないということになってしまいます。こういった医療が本当に患者さんにとって良い医療と言えるのでしょうか。少なくとも、私は医療の本質は病気を治すことではなく、患者さんの健康を守ることだと思っておりますので、どうしても現在のシステムに違和感を感じずにはいられません。

私のような一介の町医者が何を言っても暖簾に腕押しですが、皆さん一人一人が、医師の考え方を真剣に読みとり、理解し、本当に自分のためにになってくれる医師と出会えることを心から願って止みませんし、どうかそのような医師と出会えるよう、皆さん自身が医療のシステムについて深く考えていただけるよう心から願っております。

町医者の草の根運動は今後も続いていきますので、ぜひとも皆さん応援よろしくお願い申し上げます。